ミステリー好き大学教員の気ままなレビュー

とある私立大学のボンクラ大学教員がミステリーのレビューをメインに気ままに思ったことを書きなぐるブログです。

【映画レビュー】インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実 (字幕版)

 

 映画『インサイドジョブ』は、いわゆるリーマンショック時に金融業界が何をしていたのかを理解するにはいいが、あまりにも制作者の意図に沿うように内容に偏りがあることを意識しなければならない問題作ではある。

 

そして、あまりにも「金融業界は悪だ!」ということを言いたいがために、他のプレイヤーが金融業界のいいなりのように描いてしまっている。特に、消費者を自分では何も考えられないマヌケとして暗黙のうちに描写してしまっているのが皮肉でもある。

※ネタバレ注意

この映画の基本的な主張を簡単にまとめると次のようになる。

リーマンショックが生じたのは金融業界への行き過ぎた規制緩和によるものであり、その規制緩和は金融業界だけでなく、そこから金を受け取った政府や経済学者も味方に付けて強力に推進していったために生じた。だから、金融機関への規制を再び強化する必要がある。

 

また、金融機関はこんな大惨事を引き起こしたにもかかわらず、誰もバブルで得た報酬を返還していないし、訴えられてもいない。だから、今こそ我々は立ち上がるべきだ。

 

こうした彼らの主張にはもちろん、納得する側面はある。自由の国・アメリカはあまりにも自由であることを重視しすぎたのはそうなのだろう。実際に、リーマンショック後にバーゼル規制が強化されたことはこの主張が妥当であることを示している。

 

しかし、いかんせんその主張の仕方が良くない。金融業界のみにその責任を押し付けようとするあまり、金融業界の悪い部分しか描いていないし、リーマンショックによって損をした人しか焦点をあてていない。だから、この映画を見た所でリーマンショックの全容を理解することは決してできないだろう。

 

たしかに、リーマンショックはアメリカだけでなく全世界に打撃を与えた。しかし、おそらく、その金融緩和の恩恵を受けて、新企業の設立が容易になったり、設備投資が行いやすくなったりと経済活動が活発になっているはずである。それによって、一般消費者も年収が増えたり、今まで仕事にありつけなかった人が職につけたりと恩恵を受けていたはずである。これはGDPの推移を見ても明らかだ。

 

このように、彼らが声高に言うほど金融緩和は悪いことばかりではなかったはずなのだ。それにもかかわらず、メリットに言及しないのはフェアではない。

 

また、彼らは金融機関があまりにも高いリスクを取っていたことの証拠として、住宅価格の99%を融資し、消費者が家を購入できるようにしていたという”ありえない”ほどリスクの高い融資を銀行がしていたことを例として挙げている。

 

しかし、制作者たちは気づいていないのだろうか。その”ありえない”ほど高いリスクを受け入れて分不相応な家を買おうとしたのは他ならぬ消費者自身であることを。それゆえに、当時の金融業界の融資が明らかにおかしかったと言えば言うほど、その融資を受けた消費者たちの判断力もおかしかったと間接的に言ってしまっていることを。

 

制作者たちは、本来”ありえない”ような取引がリスクが低いものだと消費者に思わせるために銀行をはじめとする金融業界がいかに巧妙にセールストークを行ったのか、ここを強調するべきであった。そうすることではじめて「それなら賢い消費者でも騙されてしまうのもしょうがないな。金融業界は詐欺みたいなひどいことをしてたんだから。」と同情と金融業界への非難が生じるのはずである。

 

そして、映画の終盤では、リーマンショック後「アメリカ史上初めて平均的国民の教育と給与水準は親を下回った」という言葉が出て来るが、これもよろしくない。

 

この言葉は、制作者たちが「教育水準と給与水準は上昇し続けるものだ」と考えているからこそ出て来る言葉だ。しかし、こうした常に上昇し続けるという神話は、バブルの引き金となった「住宅価格が上昇し続けるという前提で開発された金融商品」と全く同じ構図である。

 

結局、制作者も金融業界も基本的に楽観的で、バブルを引き起こしかねない思考を持っている点では同じである。

 

色々と文句を言ってきたが、金融業界への非難がどのようなものであるのかを理解したいという目的で観るのなら観てもいいかな、という程度の映画であった。決して、これを観れば真実が分かるなどと思わない方がよい。