心理描写に優れた「ガリレオ」シリーズの長編ミステリー
「妻はこどもを産んでこそ意味がある。」と言い切り、結婚後1年たっても子どもができなければ離婚すると言う真柴義孝と、それを承知で結婚に踏み切った妻・綾音。
妻の綾音は、夫の愛を信じ、”幸せな”結婚生活を送るが、結局一年たっても子どもは出来なかった。そのため、真柴義孝は妻・綾音に対して、「 初めに決めたルールだ」と告げ、離婚を切り出す。
その時、妻・綾音の”完全な”殺人計画が動き出す・・・
「実におもしろい」
この言葉は、ガリレオ先生こと湯川先生の口癖であるけれど、
本作を形容するに最も適切な言葉ではないだろうか。
通学の時間の暇つぶしのために学校から帰る途中の本屋で買ったのだけれど、
結局帰りの電車の中でずっぽりとはまってしまい、家に帰ってからも寝る時間を削ってまで読み切ってしまった。
面白い小説の欠点は、通学・通勤の暇つぶしのために買っても、結局家で読んでしまい暇つぶしにならないことかもしれない。
その話はおいといて、本書はトリックの実現可能性についての批判はあるかもしれないが、全体的に非常に面白い仕上がりになっている。
容疑者となっている綾音に対して好印象を抱き、なんとか容疑を晴らしてあげたいと無意識のうちに考えながら操作を行う草なぎ刑事。
その危うさに気づき、女の勘から綾音があやしいと睨み、逆に綾音が犯人である証拠を懸命に探す部下の内海刑事。
そして、内海から草薙の捜査の危うさを聞きながらも、「彼は心情によって事実を見逃したりするような捜査はしない」と草薙刑事への信頼感を表明し、論理的に犯罪のトリックへの仮説を一つずつ考察していく物理学者・湯川准教授。
彼(彼女)らは、それぞれ異なる捜査方針を持ちながらも、次第に真実へと向かっていく。
そこにあるのは、単なる謎解きではない。人の機微が、人の物語がある。
もちろん、謎解き自体も非常に面白い。
随所にちりばめられた伏線が、後半の謎解きの部分でうまく回収されている。
なにより悔しいのは、伏線であることが割と分かりやすく提示されているにもかかわらず、それの手掛かりを用いて自分では”真実”に到達することが出来なったことだ。
本書を読んている最中、何度も「この行動は違和感があるな。怪しいぞ」と思っても、それを基にトリックを見抜くことは非常に難しい。
それだけに、最後の謎解きでは唸らせられたし、そこがこの筆者のミステリー作家としての力量を見せつけられた点でもある。
もちろん、本作の犯罪はある意味私たちの常識を遥かに超えた犯罪であるため、実行可能性について信じられないという批判がしばしばある。しかし、僕自身はそれだけ犯人の執念がすさまじいものだったというように好意的に受け止めたいとと思う。
なにはともあれ、本書は一読の価値が十分にある作品だと思う。
本作を読む上で注意すべき点があるとすれば、湯川准教授と二人の刑事(草薙と内海)との関係を分かっていた方が面白く読めると思うので、まだ「ガリレオ」シリーズを読んだ事ない人は、『探偵ガリレオ (文春文庫)』を読むか、第一期のドラマの一話目だけでもいいので観ておいた方がよいかもしれない。